龍角寺の「龍伝説」

 龍角寺は、元明天皇の時、和銅2(709)年、天から龍女がやってきて、一晩の内に寺の全ての建物を建てたといわれ、初めは龍閣寺といった。


 その後、奈良の都が作られて20年ほどたった天平3(731)年、聖武天皇の時のことである。
 その年は、春から日照り続きで、作物は実らず、人々は困窮していた。聖武天皇は、諸国の神社仏閣に雨乞いの祈願をさせたが、、一向にその効果がなかった。そこで、どこか竜神にゆかりの所はないかと尋ねたところ、ある者が、「下総国埴生(はにゅう)郡に、龍女が一晩で建てた龍閣寺という寺があります」と奏上したので、さっそく龍閣寺に雨乞いの祈願を命じた。


 龍閣寺の釈命上人(しゃくめいしょうにん)は、大勢の弟子と共に経を読み、昼夜を問わずに祈り続けた。とうとう結願という日、聴衆の中から進み出るものがあった。それは、身長が八尺(約2.6m)もある老人であった。そして、「私は印旛沼の主です。ありがたいお経のおかげで私のこの世の罪が消滅しました」と言った。上人は、少し怪しみながらも、「あなたは竜の化身なのですね。それなら、慈しみの雨を降らせて人々の苦悩を助けなさい。龍閣寺は竜神が建てた寺なのだから、雨が降らねば面目ない。竜の力を顕しなさい」と答えた。すると老人は、「今年の旱魃(かんばつ)は、命のある者の原罪になるのでしょう。私は小竜の化身ですから、大竜の許しを得なければ、一粒の雨も降らすことはできません。しかし、ありがたいお経のおかげで身を救われた今、どうして人々の命を軽んじ、この身、この命を惜しみましょうか。もし、私が雨を降らせれば、この命は奪われるでしょう。この身は三つに裂かれ、印旛沼の辺に落ちるでしょう。そうしたら、頭は龍閣寺に、腹は印西の地蔵堂に、尾は匝瑳の大寺に納めて下さい。そして、どうか、私のために祈ってください。」と言ったかと思うと、かき消すように姿が見えなくなった。


 すると、天はにわかにかき曇り、稲妻が虚空に響き、ぶ厚い黒雲が空を覆い尽くしたかと思うと、どうっと雨が降り始めた。田畑の作物は息を吹き返し、人々は歓喜の声をあげた。そして、雨は七日七晩降り続いた。雨が止むと、上人は皆を引き連れて印旛沼を訪れた。見ると、老人の話どおり、竜の身体が三つに裂かれ落ちていた。人々は皆、哀悼の涙を流し、約束どおりに、竜の身体を三ヶ所に葬った。その夜、頭を納めた龍閣寺は龍角寺、腹を納めた地蔵堂は龍腹寺、尾を納めた大寺は龍尾寺と名を改め、今でも、人々は龍のために祈り続けている。

【龍角寺縁起より】

ドラムの里(龍伝説)
三つに裂かれた小龍の頭部のミイラが龍角寺に祭られています。

このページに関するお問い合わせはドラムの里です。

〒270-1506 千葉県印旛郡栄町龍角寺1039-1
【TEL】 0476-80-0010 【FAX】 0476-80-0011