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町政

地勢と歴史

地勢

千葉県の北部、利根川流域に位置し、東は成田市、南は印旛沼、西は印西市、北は利根川をはさんで茨城県に接し、東京都心より45キロメートル圏に入り、千葉市からは35キロメートルの距離で、成田国際空港へは10キロメートルのところに位置しています。総面積は、32.51平方キロメートルで東西に約12キロメートル、南北に約5キロメートルの東西に細長く、東部は一帯に高台で、山林や畑が多く南部及び西北部は平坦で豊かな水田地帯が広がっています。近年、安食駅を中心とした一部周辺区域は、首都圏近郊の住宅地として社会経済環境は大きく変わりつつあります。

《位置》東経 140度14分50秒 北緯 35度50分15秒

歴史

本町の歴史は古く紀元前からすでに丘陵地を中心に集落が形成され、その跡に貝塚が残っており多くの石器や土器が出土しています。特に有力な豪族を埋葬したものと推定される岩屋古墳(国指定史跡、方墳日本最大規模)をはじめ110余基の古墳群が龍角寺地区から酒直地区に点在しています。また、奈良時代前期には龍角寺地区を中心として豪族が勢力を示し、その歴史的おもかげを今日に伝えています。

江戸時代には、江戸と東北方面からの物資の流通を河川に依存していたことから中継基地として大変なにぎわいを示したといわれてます。

明治22年に安食村、北辺田村、龍角寺村、酒直村、矢口村、須賀村、麻生村の7村及び、安食ト杭新田飛地が合併して境村となり、同年に布鎌請方新田他15村が合併し布鎌村となりました。また、境村は同25年には安食町と改称し、その後、昭和29年に豊住村(現在成田市)の一部を編入しました。そして、翌年の昭和30年12月1日には、安食町と布鎌村が合併し栄町が誕生しました。

昭和47年の「水と緑の田園観光都市」構想の策定により、栄町の新たな施策の展開と成田線の電化に伴い、東京への通勤圏となりました。昭和57年以降は、民間大規模住宅地開発の進展が大きな要因となり、住宅都市へと大きく変貌し現在に至っています。